旅の絵本を遊ぼう」2-4









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by forest-doorさん ベネチアといったら運河、ゴンドラです。大運河(カナル・グランデ)を行くゴンドラが描かれています。 昔、お金持ちは自家用ゴンドラを豪勢にして競い合ったため、政府はゴンドラを黒一色にすること、と法令を出しました。また、大きさも統一されています。船首についているくしの形のような飾りはフェッロ(鉄)と呼ばれていて、見通しのきかない水路での先触れになっているそうです。そして、ゴンドラをこぐのは、ゴンドリエーレというこぎ手で、縞模様のシャツ、カンカン帽がお決まりの服装です。 そして、縞模様のポールが運河につきたてられていますが、これは船着場を意味するそうです。 |




ゴンドラの係留所のモデルは、スキアヴォーニ河岸にある係留所ではないかと思います。

47)手品師を指さしている男の子の持っている、風車(かざぐるま)のようなものは、手品師の絵の中では潜り込んでいる子どもが持っていました。絵の中の子と同じ風車を持たせることで、絵の中の子どもと実は同一人物という考え方もできるかもしれません。隣の女の子に、泥棒について教えているようです。







ブリブリューゲルの「子供の遊戯」の絵には二種類の独楽遊びが出てきます。


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by forest-doorさん ミラノのサンタ・マリア・デレ・グラーツィエ教会の食堂の壁に描かれた絵です。第二次大戦中に爆撃を受けたのにこの絵の壁だけ無事だったとか。 1999年にようやく終わった洗浄によって、イエスの口が開いていたことが分かりました。最後の晩餐はイエスが12使徒の中の1人が私を裏切る、と予言したときの絵ですから、イエスの口が開いているということは今まさに言葉が発せられた瞬間なのでしょうね。また、テーブルには魚料理が並んでいたことも分かりました。 弟子たちは3人ずつのグループで動きをつけ、画面の中心、イエスに視線があつまるように一点透視図法で描かれています。 |


前にも出てきた、ジョヴァンニ・セガンティーニ(Giovanni Segantini)の遺作となったアルプス三部作の中の『自然(La Natura)』からだろうと思います。視点や構図は違うのですが、たぶん間違いないと思います。セガンティーニの絵では左の端で反対方向に牛を追っている男の人がやはり頭を下げて歩いています。そして、安野さんの絵では並んで歩いている女性は、この絵では二頭の牛を引いて歩いています。このように、視点を変えて描き直すのは安野さんお得意のことですね。




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by forest-doorさん フォロとは公共広場のことで、フォロ・ロマーノは古代ローマの中心地でした。 「すべての道はローマに通ず」といわれたその道はここ、フォロ・ロマーノに通じていたのです。 そう考えると旅人が歩んでいる道が紀元前のローマに通じているかのように思えてきます。そして道はまたどこかへと続いているのですね |




安野さんが、この海岸のシーンに海に接しないローマの遺跡をあえて置いたのは、ローマ帝国への宣教を象徴しようとの意図だろうと思います。
0)旅人は・・・馬を残して海にこぎ出してゆきます。